2009-04-27

藁(わら)のすごさ


昨年のお米づくりに引き続き、今年はぶどうをつくりはじめました。

欲張って、巨峰とワイン用品種。

養分を集中させるため、いまはただひたすら余分な芽をとり、
上にピンと伸びた枝をしなやかに折り曲げてワイヤーにくくりつける作業を繰り返しています。
バランスよく枝を誘引(ゆういん)して、実がなったときにお互い干渉しないように。
度重なる剪定に勝ち残った枝には、将来たわわな実がなることでしょう。
切り落とされた芽のためにも、がんばれ枝たち!

その誘引(ゆういん)に使用しているのが“わら”。
木槌で叩いてやわらかくした“わら”は、使いやすくて丈夫で、もちろん土に還るやさしい素材。
肥料になったり、壁材、屋根材になったり。ぶどう作業の休憩時間はお尻の下に敷いて。
もちろんしめ縄やわらじも。
昨年は稲刈り後の“わら”と引き換えにおいしい鶏飯をごちそうになったっけ。
リアル“わらしべ長者”。

鼻を近づけると、香ばしい匂いがした。
3匹のこぶたのわらの家は最初に吹き飛ばされるけど、いつか寝てみたいなぁ。


2009年4月 かなたけの里 ぶどう畑にて「わらを覗きこむ」


kitotic







2008-11-17

鍛冶屋の気持ちで


今、私の身の回りでは「ワークショップ」が真っ盛りです。
身の回りというか、進行役としてその場にかり出されることが多くなりました。

・水辺の魅力を探して散策ルートをつくる!
・雑多なまちの通り名称を考える!
・学生の目線を通してまちを取材する!
・公園の整備内容に一言物申す!

こんな感じでテーマは多種多様。

見る人によってはバラバラに見えるかも知れないけど、どれも対象は身近な環境、自分たちの“まち”。
そして、“まち”を前進させるための色々なアイデアや想いをギュギューっとまとめあげること。
これは共通しているテーマ。だから、どれも同じ感覚で接することにしています。

皆のアイデアや想いを、湧き出させては絞り、また湧き出させては絞り・・また湧き出させ・・
これを繰り返していくのがワークショップのひとつの方法なのではないでしょうか。

決して丸~くおさめるのではない、磨き上げていく感じ。
鋼を鍛練して日本刀に仕上げていく・・・ちょっと大げさだけど、似た感じかも。

こうやっていると自分も磨かれているような気持ちにもなる。
いつの日か、世相をぶった切る!鋭いオトコになってるかも。


2008年11月 福岡市某所でのワークショップにて

2008-11-07

博多タイムトラベル



今年で3年目のまち歩き型の観光イベント“博多情緒めぐり2008”がクライマックスを迎えています。

思えば4年前、市役所のとある熱血漢とともに“博多のまちの振興計画”という資料を深夜まで議論しながらつくったことがすべての始まり。
・博多の町の魅力は実物が残ってなくて一見では伝わらない。
・でもよくよく聞いてみると、たまらなく面白いエピソードや逸話がそうとうある。宝庫。
・その話を聞いて改めて町を見渡すと。「へぇ~」や「ほぉ~」と思えてくる。見かたが変わる。

これらの意見を踏まえ、計画書に明記したのが、
「まちのコンシェルジェ・博多案内人を育成する」
という一文。

行政がつくる計画書にはよく出てくる言葉。そんなに新しい考え方ではない。
でもこれが“絵に描いた餅”になってしまわぬよう、どれだけ実践できるか。ここがポイント。
博多ではイベントを立ち上げながら、実践を続けてきた。
今では2,000人近い集客を誇る一大イベントとなった。同時に博多の隠された魅力が広く知れ渡り始めている。

当時の熱血行政マンとぺぇぺぇコンサルタントだった私は今もボランティアの一員として、影でこの活動を支えさせていただいている。

絵に描いた餅が、すこしずつ食べれそうな餅へと変化していく過程が体感できた。
これが私にとっての大きな収穫。



2008年11月 博多情緒めぐりの小さなお客さん

kitotic

2008-10-01

わが町の偉大なる監督


数日前、わが町は大きな感動に包まれました。
14年間も私たち市民を勇気付けてくれた“偉大なる監督”が勇退を宣言しました。

関東在住だったころ、周りが漠然と巨人ファンだったことに疑問を感じ、
21年ぶりの快進撃に狂喜乱舞する阪神ファンの姿がやけにうらやましく、
布団の中で、バースが王の連続試合ホームラン記録に並ぶかという打席をラジオで聞きながら、
「いつか“わが町の球団”を応援してみたい」と強く思った、小学校5年の夏。

それから数年がたち、ガッチャマンのような微妙な球団が自分が住むまちにやってきた。しかしなんとも弱い。
7回以降は誰でも入れるというルールの某球場では、見に行けばいつも負け、試合後はグランドまでも入り放題。
そんなチームも、日本初の開閉式ドーム球場というステータスシンボルとともに徐々に私たちの心に浸透し、自分と同世代のスーパースターが育ちはじめ、そして、1999年の初優勝。その瞬間は忘れもしない。
大学の壁面に投影した巨大映像を前に、固唾を呑んで戦況を見守り、最後打者の三振、そして歓喜の胴上げ。
小学5年からの思いがやっと結実した瞬間。街に繰り出し、騒ぎ、知事と腕を組んで写真も撮った。
その後は常勝軍団、常に私たちの誇りとしてこのチームが存在しつづけた。

最初は、たかが監督の交代だろうと、あまり関心がなかった。
会見当日、駅前で手にした号外。14年間を振り返る記事。
読めば読むほどわが町がずっとこの偉大なる監督に勇気づけられていたことがよく分かった。
「“わが町の球団”を応援してみたい」を実現してくれたのは紛れもなく“王監督”だ。
ちょっぴり、心に穴があいたような気がした。今までにあまりない感覚。

記事中「今後も拠点はもちろん福岡だと考えています。」この一言がやけにうれしかった。
「ずっとわが町にいてくれるんだ。」と安心した。

誰かが後任として選ばれ、そしてまた一喜一憂する日が来ます。しばらくは低迷期かもしれません。
でもわが町を愛する仲間とともに、わが町のチームを応援しつづけるでしょう。もう生活の一部。
そんなわが町の“誇り”を、命がけで育ててくれた“偉大なる監督”に心から感謝したいと思います。

2008年8月 今年唯一の観戦

kitotic

2008-08-05

農仕事の後のトマトは美味い



田んぼにハマっています。
福岡市の西のはずれの山すその小さな田んぼです。
6月の田植えから秋まではとにかく雑草取り、雑草取り。

炎天下の農仕事。途中でへこたれそうになるときもあり。
しかし秋の収穫・・いや終わったあとのビールのためになんとか頑張っています。

この体験で得たこと。「除草剤ってスゴイ。使うのも無理ないね。」
あんなにキツい草取りが必要なくなるなんて夢のようなことです。
これは大きな収穫。
やっぱり農業の中には僕らには知らなものがたくさんあるねきっと。
もっと知りたいので、もっと頑張ってみよう。

2008年7月5日 福岡市西区金武の田んぼにて

kitotic

2008-06-04

やめられない、とまらない。


ここ最近珍しく頭を抱えるほど悩んでいます。
なんだか仕事がうまくいかない。うまくいっていない気がする。うまくいっていないと思ってしまっている・・
そうか、気のせいか・・別に悩むことないじゃん。

と思わせるような美しい景色に今日も出会いました。
雲仙市千々石町岳(たけ)の棚田。
だからこの仕事はやめられない、とまらない。

冷たい水に足をつっこむと、冷たさとともに爽やかさを感じる。
また来たい。来れるように頑張らな。頑張ってまた来よう。
だからやめられない、とまらない。

2008年6月1日 長崎県雲仙市千々石町岳(たけ)の棚田にて

kitotic

2008-04-24

小気味よい足音


仕事でたまに町家などの古い家屋を訪れます。
長い間使われておらず、朽ち果てたものもありますが、今も現役で美しく保たれているものも多くあり、重ねられてきた暮らしの風景や物語を伝えてくれます。
やはり家は生活の場、そこに人の息づかいがあってこそ、本当の輝きを見せます。
文化財への指定が期待される町家の中で無邪気に走り回る女の子。
偉い大人が見るとヒヤヒヤするものであろうが、町家はきっとそんな賑やかな足音を喜んでいるに違いありません。
文化は保護されるだけでは守れません。現代社会に適したカタチで使われ、愛されながら守られていくものだと思います。


2002年 福岡県大川市のとある町家にて

kitotic